「人の子は安息日の主です」
委ねまつるわが重荷を 主は代わりて負いたもう
悩み多き世の旅路も 主のいませば安けし (新聖歌7「主のみいつと」)
本当の安息は主イエス・キリストのもとにあります。安息日にこうでなければならない、これをしてはならない、そのことで心がいっぱいになり、人の行動が目についていたパリサイ人たちには、目の前におられるイエスさまこそが、その安息日そのものを与え、安息日に何をしてはならないかを定められる方であることがわからずにいました。
イエス様は、「人の子は安息日の主です」と言われました。本当にわたしたちのために安息をもたらした主なる方がここにいるのです。イエス・キリストは私たちのすべての罪を背負ってくださり十字架に架かってくださって死んで、そして三日目によみがえってくださいました。イエスさまは日曜日によみがえられ、私たちの安息日は日曜日になりました。日曜日にわたしたちは礼拝に導かれ、何よりも主を仰ぐことが大切です。
こうであるべき、あのことはしてはいけない、そんなことで心がいっぱいになる私たち、また人のことが気になったりという私たちに主は言われます。「人の子は安息日の主です」と。
イエス様を仰ぐことが本当に大切なことなのです。わたしたちが主を仰ぐときに、私たちの最も深いところに慰めが与えられます。消えることのない、終わることのない安息は主によって与えられます。
それは安息日の主、安息をもたらしたイエス・キリストにおいてだけ与えられるものです。主のもとでわたしたちは初めて涙はぬぐわれ、苦しみは解放され、わたしたちは死に打ち勝つ、この慰めを得ることができます。
やがてイエス・キリストはもう一度来られると聖書にあります。そのときには、全き安息が与えられるのです。主を仰いで主を礼拝する日々を生涯にわたって大切にしてまいりたいと思います。
